「水のいのち」 曲目解説

 7月5日 OB四連パンフレットに掲載する曲目解説が届きました。
 
 指揮者の山下裕司さんからのメッセージです
 
 この曲を歌うにあたり、ぜひこの解説を理解してステージにのってほしいものです。
 いよいよ、週末は浜松で東西合流し合同練習です。
 事前に曲目解説をよく読んで参加しましょう。


『たしかに木々における根と梢のように、逆向きの二つのものは一つのいのちを垂直に立たせます。根は地への飢え、梢は空への限りない飢えなのでした。(中略)ぼくたちが木々を見つめるのは、あくまでも木々を通してぼくたちをでなければなりません』
(高野喜久雄著「とりとめのない手紙」より)

 高野喜久雄の詩は比喩に満ちている。「水のいのち」において、雨は雨でなく、水たまりは水たまりではない。詩人は水のその折々の表層を見つめ、その中に自己の存在を探し出す。そうして探し当てた自らの内なる心を、もう一度水の姿に戻して言葉を紡ぐ。やがて詩人の心は、言葉の海深く身をひそめる。
 組曲を通して流れるテーマは「空へのこがれ」だが、物語の中の水は、抗うすべもなく下ってゆく。神と人間、夢と現実、もしくは希望と落胆。上に伸びようとする願いと下へ引き戻そうとする力、二つのベクトルの狭間にある、水の姿をした私たちのいのち。
 地球上のすべてに「降りしきれ」と神の愛を願い、現実の堕落した世界を嘆く。どこにでもある水たまりの、その泥の中に見つけたちぎり、うなずき、まどい。そして「空を うつそう」とする小さな心、「けれどもいちずないのち」。「何故 さかのぼれないか」と、狂おしいまでに怒り、それでも山にこがれ、空の高みにこがれ、石や魚をみごもる。しかしやはり「下へ下へと ゆくほかはない 川の流れ」その不条理。やがて安らぎの場所、母なる海で「充ち足りた死」を迎える「そっと岸辺に」うち上げられて。そして深く暗い海の底から、白い雪となって「下から上へ 降りしきる」。「みえない つばさ」「いちずな つばさ」は私たちの願い、望み、思い。そうして、こがれは「水のいのち」となって空へのぼってゆく。「のぼりゆけ」と。
最後に作曲者の言葉を引用してこの稿を閉じよう。

『人にはまた精神というものもあり、その精神が賛成しているのでなければ、どのような生き方をしても、人はそれに満足することができない。その「精神」に目と心を向けてもらうために、この「海」を含む合唱組曲を書こう、と私は決めたのであり・・・』
(髙田三郎著「来し方 回想の記」より)
                             山下 裕司


 あと合宿までに歌詞の文章をぜひ楽譜に書き込んでおいてください。
 との宿題も出ています。
 できていない人は合宿初日の夜、残って書かされるそうです。