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| 2011年10月16日恒例の50年会が京都国際ホテルで開催されました。 全国各地から集まった皆様は総勢62名、と大盛況 幹事学年の山田英二様(S36年卒)よりレポートをいただきました。 ![]() |
| S36卒の山田英二です。
今年は、我々S36卒生が卒後50周年を迎えますが、下記要領で50年会の開催を予定しておりますので、 記 日時:2011年10月16日(日)14時~ 場所:京都国際ホテル(二条城前) 対象学年:S33年~S39年卒 尚、上記内容は、去る5月22日に開催された総会・理事会の席上でご報告した通りで、変更はありません。 山田英二 |
| 本年度の「卒団50年会」のご案内を石井正一郎様(S35卒)よりいただきました。 「同志社グリークラブ卒団50年会」開催のご案内 同志社の誇るオペラ歌手「小貫 岩夫さんと共に」が開催テーマ 日時 平成22年11月8日(月) 受付午后1時 開演1時30
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「音楽を愛するものにとって、本当の「サヨナラ」はない。
グリーは、何時迄も私の心の故郷だ」
33年卒の飯山です、いつもお世話になっております、 卒業50年会11月1日京都で皆様方のご協力によりまして、 無事終了いたしました、有難うございました。 遅くなりましたが、当日のご挨拶文と写真等が出来上がりましたので、 添付ファイルとして文書(Word)1枚、Jpeg7枚 送付いたしますので、よろしくお願いします。 飯山一榮
詳しくは写真をクリックしてください。

2年早い50年会
S34卒 市島章三
昭和34年卒業組の会合が11月19日~20日の2日間京都で開かれた。
現役時メンバー36名のうち、既に永眠したもの5名、療養中などで遠出が出来ないもの5名を除くと26名となったが、このうち19名が東西から岡崎の京料理「洛翠」に集まった。
50年会を開くにはまだ2年先になるが、メンバーの誰とはなしに「その日まで待てないかも」との意見が高まり、急遽50年の前々年会を行うことになったものである。
2~3名を除いて毎日サンデーのメンバーは、月曜日というのに集合時間前早くから料亭のロビーに集まり、庭園を散歩するもの、ソファーにどっかと腰を下ろして談笑するもの、愛用の高級カメラで写真を撮るものそれぞれ貴重な時間を有意義に過ごす。東京から参加した山田(武)さんや村中さんは、朝早く京都入りして、山歩きや市内観光を楽しんできたという。
6時の予定を5時半に早めてもらっての開宴。大学歌の合唱、岩垣学年理事・新矢・米田各世話役らによる近況報告などと進み、酔わないうちに撮ろうと芳崎カメラマン(東京美術館「国展」に数回受賞)のもとへ一同集まったところへ、「おおきに」と可愛い声がして、祇園から心強いサポーター田中けい子さんと舞子「ひな鶴」さんが到着。それまでの高齢ムードは一変して華やいだ雰囲気へと変わった。
宴もたけなわとなるがやはり忘れられないのは酒より歌だ。48年ぶりに歌うというメンバーの多い中で、現役時代に多田武彦氏から戴いた「雪と花火」から「片恋」「花火」や、Duhaupaの「Gloria」など懐かしの数曲を大声上げてノンストップで通す。
聞き慣れないおじいさん合唱に、ひな鶴さん、ただ目を丸くしていた。
日本百名山を登頂した山田(武)さん、いまだにクラブチャンピオン(シニア)を誇るシングルプレーヤー村橋さんら超健康人から、心臓を手術したものや不整脈に悩むものまで個性溢れる19名であったが、「ど忘れ」症は全員着実に進行しているようだ。出席者は本来20名の予定であったが、前夜になってO氏から電話が入り「オレ日を間違えたわ、実は今足摺岬におるんや。<このどアホめ>とみんなでこき下ろしてくれ!」。いや、誰が貴方の勘違いを責められましょうか。(この方翌19日夜に修学院の自宅へ戻り、二日目の「洛北巡り」の案内役をこなしてくれたのである。疲れていたであろうに、感謝。)
夜は殆どのメンバーがそのまま「洛翠」に一泊。
翌朝、いつも5時に目が覚めるという大友さんと山田(武)さん。この朝も夜明けを迎えるやいなやすぐ外へ飛び出し、朝食前に若王子山頂の「新島襄の墓」へお参りを済ますという、元気爺さんぶりを発揮。
朝食後、次の目的「紅葉を求めて洛北・鞍馬寺方面探索」に出発。出町柳から叡電の「窓向き座席」に乗って紅葉のトンネルを楽しみ、「鞍馬」駅から山頂へ登る(但しケーブルカー)。途中「足がつらない体操」をして、元気な面々は更に徒歩で「貴船口」駅まで散策を楽しむ、誠に健康な京の一日でした。
来年も「1年早い50年会」を開催することを全員で約して無事解散となった。
以上


卒業50周年記念の集いを終えて
都木直文(昭和27年卒)
2002年11月2日「卒業50周年記念の集い」を大阪北区のホテル阪急インターナショナル・花風の間で行いました。
当日は昭和18年卒の大先輩を始め先輩方10名、後輩方20名、同期9名及び同伴の夫人方7名、そして特別参加の女性2名の計48名の皆様が、北は仙台、西は九州田川市など各地から駆けつけご参加くださり、本当にありがとうございました。
午後6時、今西君(S27年卒)の司会で始まり、まず同期を代表してll肥君(元幹事長)の開会挨拶、統いて遠藤先輩(S17年卒)が都合によりご欠席のため、急速お願いした岡本先輩(S25年卒l)からOB会を代表してご挨拶をいただき、物故者へ黙祷を捧げた後、前窪先輩(S18年卒)のご発声で乾杯し祝宴に人りました。
暫く和やかな歓談か続いたところで、27年卒 一同か登場、それぞれよりグリー時代の思い出や近況などを報告。ここで織田先輩(S25年卒)の指揮で「希やの島・詩篇102篇」を合唱。
次いで「昭和17年に大阪の中学を卒業し同志社グリークラブに入学、22年に卒業のところが、終戦で同志社も混乱しており、もうお前は卒業しろと21年9月に追い出された。やはり若い頃の思い出はグリーをおいて他にない」と仰る沖□先輩(S21年卒)ほか長島先輩(S24年卒)や戸所(S28年卒)大橋・河上(S30年卒)の諸君、そして前座夫人、特別参加の上阪さんから楽しい心混まるメッセージをいただきました。また、再来年に創立100周年を迎えるグリークラブの松岡幹事長から、お祝いのメッセージか屈けられたのは大変嬉しいことでした。現役とOBの交流が今後とも更に活発になって行くことを騏う次第です。