クローバークラブ
昭和21年クローバークラブとして初ステージ、以来大阪・東京などでアクティブに活動しています。
各地の活動状況は左のリンクよりお入りください。
絶えることなき、男のロマンの集い
クローバークラブの歴史
昭和21年(1946年)
11月同志社イヴ音楽会に片桐哲氏、山口隆俊氏、山田基男氏、平田甫氏、永谷央氏等全国から集ったグリークラブOB約30名が森本芳雄氏の指揮で「賛美歌551番」他2曲を合唱した。このときのプログラムに「男性合唱――クローバークラブ」とあり、これがクローバークラブの初ステージであった。
昭和25年頃から京阪神在住者を中心にわずかな人数で練習を始めたのがクローバークラブとしての活動の第一歩となった。しかしその後しばらく活動が途絶えクローバークラブの名を聴くのは昭和29年グリークラブの40周年演奏会まで待たねばならなかった。
昭和29年(1954)
6月25日大阪産経会館、6月26日同志社栄光館で同志社グリークラブ創立50周年記念演奏会が行われクローバクラブも賛助出演、好評を受けた。このことが契機となり合唱団としての形が整えられ新発足した。11月には関西合唱コンクール(一般の部)に出場、初出場3位入賞を果した。
昭和30年(1955)
3月「第一回五大男性合唱の夕」に出演。出演団体はマルマータ・クワイヤー、クローバークラブ、ジュイピターコール、新月会、六甲男性であった。5月名古屋地方演奏旅行、10月には同志社グリークラブ定期演奏会に賛助出演した。しかし、この年の白眉となったのはコンクール優勝であった。11月出場2度目の関西コンクールでとうとう1位をとり、引続いて初出場した全日本大会(名古屋)でも、優勝した。この夜おそく"日本一”の栄誉を満載した観光バスは、深夜の東海道を大変な勢いでガイセンした。
昭和31年(1956)
3月には「長井斎先生楽壇生活40周年記念演奏会に出席、5月にはコンクール優勝を記念して、クローバークラブ第一回演奏会を大阪産経会館、京都弥生会館で開いた。9月には岡山演奏旅行、10月には同志社グリークラブ定期演奏会に賛助出演。11月には前年に続き、関西合唱コンクール、全日本合唱コンクールに第一位をとり、黄金時代となった。12月には全同志社合唱団による「メサイヤ」に出演した。
